三年後、会社を辞めて旅に出よう

アラフィフシングルライフ

ハンス・カーベルの輪をさがして その4

二週間かかってやっとたどり着いた。

記述があったのは「第三之書 第二十八章 孤窮(コキュ)になる疑惑について僧ジャンがパニュルジュを慰安すること」。ここに「ハンス・カルヴェルの指環」が奥方が浮気をできなくする秘訣として紹介されていた。ちょっと長くなるが、40年近くぶりの発見の勢いでその部分を抜き出してみる。

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このハンス・カルヴェルはな、博識、練達、勤勉な御仁、性も優れ、分別もあり、道理を弁へた御仁で、温厚篤實、布施喜捨を惜まず、哲理にも明るく、なほ且つ天資闊達明朗、前代無比の愉快な、樂しい氣立ての男だつたが、ちよいとばかり布袋腹で、首をゆらゆら揺する癖があり體の工合がどちらかと言へば勝れなかつたのぢやよ。
この男が、晩年に、和親調停法官(コンコルダ)の娘で、若くて、別嬪で、ぴちぴちして、派手で、愛嬌もあり、近隣界隈の人々や召使たちにあまり情をかけすぎるといふお嬢様をば嫁に貰うたのぢやな。ところがその結果、幾週間かたつと、このカルヴェルは虎のように嫉妬心を起してな、女房が他所で、太鼓叩きごつこに遊び呆けてゐはせぬかという疑いを抱くやうになつたのだ。ひよんなことがあってはならじと、女房に向ひ、不義亂倫の結果生ずる悲惨事を述べ立てた御立派な物語を色々してやつたり、貞潔な婦人の傳へ話を何度となく讀み聞かせたり、淑徳を説いてみたり、自ら實のある夫婦の道を讃えた書物を綴つて嫁入つて後不埒を働く女夜叉の腹黒さを呪詛憎悪してみたり、東方渡來の靈験あらたかな碧玉を隈なくちりばめた幅廣の見事な首環を與へてみたりしたのだな。それにも拘わらず、女房は誰憚る様子もなく、近隣の者どもに春の花めいた應対をしてゐるのを見て、いよいよ悋氣辛氣は増すばかりだったわけだ。
ある夜のこと、臥床をともにして睡りながらも、件の悩みに劇しく攻められた爲か、惡魔に對面して己が苦患を訴へたという夢を見てしまつたのだな。惡魔はカルヴェルを慰撫激勵し、中指に指輪を一つ嵌めてくれて、かう言つたのだ。
「この指輪を汝に授けて遣はす。この指輪が指に嵌めてあれば、汝の妻の肉體は、汝の知らざる限りまた汝の承諾せざる限り、徒男に知らるることなからしむ」とな。
「惡魔大明神(とハンス・カルヴェルは言つた、)恭うござる。マホメッドの大神にかけて、斷じてこの指環を指より離すことはいたしますまい」と。
惡魔の姿は消えてしまつた。欣び勇んだハンス・カルヴェルが眼を醒ましてみると、その妻の不可稱處(コマン・ア・ノン)へ指が納まつて居つたと申すな。
言ひ忘れたが、女房は、それと感づき、居敷(いしき)を後退さりさせながら、「あい、いやあ、そんなものはいれないで!」と申したのぢやが、その時ハンス・カルヴェルには、誰かがこの指輪を盗まうとしたやうに思われたとのことだ。

 なぜ日本語検索でひっからなかったのか。理由は単純、本書での表記がカーベルではなくフランス語の発音でカルヴェルだったからだ。わかってみれば当然だった。ハンス・カルヴェルで検索。おお、何点かヒットしていた。

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 あと、「輪」ではなく「指環」であった。「いたずらの天才」のハンス・カーベルの輪という表記について、原文を見てみなくてはわからないが誤訳ということか。